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演目「授業」について

【原作者:ウージェーヌ・イヨネスコについて】

ルーマニア生まれ(1909)。1歳の時に父親の赴任のためパリに渡り、幼少期をパリで暮らす。その後ルーマニアに戻り、ブカレスト大学に入学し詩や評論を書き始める。29歳の時に再びフランスで生活をはじめ、戦後は出版社で校正の仕事を担当したが、この頃から著述の分野で才能を発揮し始め、1950年に入ると戯曲を次々に発表した。当初はその古典劇の規則を無視(アンチ・テアトル)した「不条理」な作風は受け入れられなかったが、1950年代半ば以降、脚光を浴び始め、その後の各戯曲の上演活動を通じて、現代演劇史に大きな足跡を残した劇作家である。

【「授業」について】

1950年に執筆され、翌年にパリで初演されたイヨネスコの代表作の一つである。この戯曲は、その前年に上演された「禿の女歌手」と共に、1953年に初演されたベケットの「ゴドーを待ちながら」と並んで、前衛的な「不条理劇」を代表する演劇である。またこの劇の登場人物は、初老の教授、女子学生、女中の三人であるが、今回のこの舞台では、女子学生が複数出演して、それぞれの演技が絡み合う中でのストーリー進行という趣向が取られていて、その演出もひとつの観ものとなっている。さらにGTC所属の出演者の他に、構成・演出の清家栄一自身が、教授役で出演することも、今回の舞台の大きな注目点となっている。(フリー百科事典『ウィキペディア』からの引用)

 

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